福岡高等裁判所 昭和30年(う)2595号 判決
記録及原判決によれば原審は被告人、弁護人の同意がないのに警察員並検察官作成に係る被害者岩本勝市の各供述調書の取調をなし、これを証拠の一として有罪の認定をしていること所論の通りである。
そして或者が公判準備又は公判期日において供述をしている以上同一人の警察員に対する供述調書は事情の如何を問わず証拠能力を有しないこと刑事訴訟法第三百二十一条第一項第三号の規定に照らし寸疑の余地がない。従つて原判決には訴訟手続に関する法令違反の存すること所論の通りである。
次ぎに検察官作成の供述調書の証拠能力は前者の場合とは異り該供述者において公判準備又は公判期日において供述した場合においても直ちに否定さるべきではなく両供述が相反するか又は実質的に異る場合で且前の供述調書の供述を信用すべき特別の情況の存する限りその証拠能力を認められていること前同条同項第二号により明らかであり又右に所謂供述が相反するか又は実質的に異るものであるかは専ら該供述によつて証明せんとする事項との関連においてこれを決すべきであること論を俟たない。被告人は原審において正当防衛乃至過剰防衛を主張しているのであるからして本件犯行時における被害者岩本勝市の行動の如何もまた供述の相反或は実質的異動を分かつ一つの標準でなければならない。今右岩本の供述を検するに検察官作成の調書においては『長原が自転車に乗つて私に追付きました、長原は「覚えとけ」と申しました、私は「あんたから叩かれたのは忘れはせん」と答えました、その時長原は私より二間位先で自転車から降りて来ました、そして私に近よつて来て何にか喧嘩腰で申しましたが覚えません、やがて長原は体を斜にして叩いて来る様な袷好を示しました、それで私は彼の左袖首を左手で握りましたところ、相手がその手を上にあげたので私の左手も上にあがりました、その瞬間長原は腰の附近から何物かを取出し私の左胸を突きました』とあるに反し、同人の公判準備期日における供述は『私は碓井の飯場に帰りかけておりましたら本件現場でまた被告人と会いました、そして被告人から「人に迷惑をかけるな」と云われ、その場で口喧嘩になり、浜殿橋の処に行つた時私は前に被告人から叩かれていたので一回叩き返してやらうと思つて被告人が自転車に乗つて帰るのを二、三回呼び止めると被告人は橋のところで自転車から降りましたので私は着ていた伴天を脱ぎ長靴を脱いで被告人の側に寄つていつて左手で叩き被告人の左手の袖口を握つて上に挙げた時私は被告人から胸の処を突かれその場に倒れて了いました』とあつて前者にあつては被害者は徹頭徹尾消極的で専ら防禦を事としているに反し後者においては被害者において被告人を呼びとめ最初に殴打し且自から鬪争の姿態を示して被告人に立ち向う等相当積極的に出ている。そしてこの差異は被告人の前示主張との関連において考察すると単なる枝葉の差異ではなく法に所謂実質的に異る場合に該当するものと解するを相当とする。次ぎに供述人岩本勝市は公判準備期日前被告人から見舞金一万五千円を受取り和解も既に成立していた事情にもあり傍々同期日における供述よりも検察官に対する供述の方が信用性があると思われる。そうだとすれば検察官の前示供述調書は証拠能力を有するものと云うべく原審がこれを証拠とした点に付いては所論のような違法はない。そして原判決挙示の証拠の内前顕警察員作成の岩本の供述調書を除外しても爾余の証拠のみにより優に同判決認定通りの事実を肯認できるから前述の訴訟手続の違法は判決に影響を及ぼすこと明らかなものとは云い難く従つて破棄の理由とはならない。
(裁判長裁判官 柳田躬則 裁判官 青木亮忠 裁判官 鈴木進)